第3回研究会報告

2016年度第3回古写本『源氏物語』の触読研究会

日時:2016年6月18日(土)10時00分〜12時00分

場所:京橋区民館・3号室

参加メンバー:伊藤鉄也、広瀬浩二郎、大内進、中野真樹、高村明良、尾崎栞、冨田晋作、関口祐未(8名)

 

 6月18日(土)京橋区民館において、第3回研究会を行いました。

 伊藤代表が、2015年度の研究報告と2016年度の研究計画を説明しました。

 今回の研究会では、3点の研究報告がありました。1つは、触常者による絵巻の触読方法の報告、2つ目は、点字かな専用文での同音異義語使用に関する報告、3つ目は、美術館展示品を触る試みについての報告です。

 以下、問題点や意見を整理します。

 

1.2016年度の研究計画

 古写本の触読学習システムについて説明した。また、立体コピーした版本『群書類従』に収められる『竹取物語』冒頭の変体仮名本文と、『変体仮名触読字典』(試作3版)を触り、意見・感想を聞いた。

  • 意見1:人指しは、脳の神経支配と関連している。
  • 意見2:検討中の、2つの光センサーを用いて指の動きを捉える古写本の触読学習システムは、数多くあるテーマである。実用化・商品化は難しい。古写本の触読学習システムは、先行論文を踏まえたうえで構築していくべきである。
  • 意見3:『竹取物語』冒頭本文は、変体仮名の文字は読めるものがある。しかし、漢字は判読できない。
  • 意見4:『変体仮名触読字典』の変体仮名を囲う線は、あると親切。ただし、囲いの線は細くした方がよい。主役の変体仮名文字の線より、細くする。文字より囲いの線の方が高さがあるので、低くするべき。
  • 意見5:立体コピーでは、細い線の場合、0.5センチ平方メートルのなかに、屈折点が2つ以上あると線の形を判別できない。線がごちゃごちゃしてしまう。作成した立体コピーの線は太いので、線をたどることができない。
  • 意見6:変体仮名を触読できる、というときの確認方法は、口で読むのではなく、文字の形を模写してもらう。
  • 意見7:音声読み上げソフトの、文章の漢字を1文字ずつ確認する「詳細読み」について。新幹線の「新」の説明は、メーカーごとに異なる。したがって、変体仮名の字母の説明は、「詳細読み」と同じ形で、標準的な読み方を独自に作り、メーカーに提示したらよい。

 

2.2015年11月から2016年6月までの活動報告

 本科研の2015年11月から2016年6月までの活動内容の報告と、今後の予定について説明をした。

  • 意見1:本科研ホームページ「古写本『源氏物語』の触読研究」に開設した、『百人一首』の和歌を触覚と視覚を意識した現代語訳に直す「視覚障害者と読む『百人一首』(試行版)」は、これまでにない試みである。面白い。
  • 意見2:2.5次元プリンターは、立体コピーより線が鮮明に、シャープに出る。カラーでできる。3、4種類の高さがある。しかし、高さがくっきりしているというわけではない。データ作成にエネルギーが必要。一方、レーザーカッターはかなり細い線まで出せる。

 

3.研究発表「視覚障碍者による絵巻研究の方法」(尾崎栞)

 大学の授業で行った、絵巻と詞書を触読する方法と、その方法を確立してきた過程について研究発表をした。授業で用いた絵巻・変体仮名字典などの立体コピー資料を持参し、実際に触りながら説明を聞いた。

  • 意見1:これからの課題として、何を目標にして、何を触るのか考えていかなければいけない。
  • 意見2:学習と研究の違いについて。努力すれば、触読で学習することはできる、読み取ることはできる。しかし、触読したあと、どうするか。研究していくうえで、自分は見常者と同じ方法では無理だと思い、違う方向へ行くことにした。学習から研究への道は厳しい。絵巻は見るものとして作られた。独自の触察で、研究としてなにが言えるか、何ができるのか。見常者と違う方法をとることで、研究者として生き残ることができる。

 

4.研究発表「日本語漢字不可欠論再検討~漢字がないと同音異義語で困るのか?~」(中野真樹)

 日本語の漢字不可欠論を改めて取り上げ、点字かな専用文での漢語の使用状況について研究発表をした。

  • 意見1:たいへん興味深い問題。点字では、文脈で判断できるので同音異義語では困っていない。大学の入試問題では、どの程度、漢字の説明をすべきか、という問題がある。漢字の点訳注は、入れた方が認識が早いと判断される場合に入れる。
  • 意見2:同音異義語は、10個あると点訳注の対象になる。2個では点訳注は入れない。
  • 意見3:「点字毎日」の1960年から1970年代の記事は、記者が点訳して書いたので、データとして使うとよい。それ以降は、記者が書いた墨字をパソコンで点訳しているので、性格が異なる。
  • 意見4:入試の国語の長文問題では、同音異義語について点訳注を入れる。点訳注の入れ方はよく考えられている。点字のセンター試験の問題も、データとして参考になるのではないか。
  • 意見5:点字でも、普段の生活でも、同音異義語については特に困らない。名前の漢字は難しい。同音異義語は、パソコンで変換するとき困る。
  • 意見6:点字の小説について。日本盲人作家クラブの同人誌「芽」。高校生・中学生の文集。点字エッセイなどもまとまって出版されている。
  • 意見7:日常使う熟語を減らすべきではないか。「電車が到着します」は「電車が来ます」にできないか。

 

5.研究発表「触文化研究の課題と展望-「無視覚流」の極意を求めて」(広瀬浩二郎)

 兵庫県立美術館の企画展「つなぐ×つつむ×つかむ」の意義と触文化について発表を行った。また、触読研究の今後について触れた。

 1980年代から、触常者はパソコンを使って墨字が書けるようになった。パソコンさえ使えれば社会進出できるようになった。

 展覧会は、アイマスクをして入場する。ロープを伝って入り、ロープの切れた先に作品がある。作品解説は7分程度。ボタンを押すと、解説が音声で流れる。ボタンを押す、押さないは自由。会場を出るときアイマスクをとる。作品を見てしまうと、情報を修正し追加してしまうので、触った情報だけを持って帰ってもらう。

 会期4ヶ月間の、無視覚流への来館者の反応を見たい。見える、見えないを超えて、「触る」という視点から障害の概念を変えたい。

  • 意見1:『変体仮名触読字典』は、どのような解説をするのか。使用者の裾野を広げるにはどうしていくのか。
  • 意見2:視覚障害者による『百人一首』の現代語訳は、国文学の世界で通用するのか。文学作品を、触常者が解釈する活動はあるのか。
  • 意見3:古典文学の解釈は、現代人の感覚で理解したものである。古典の時代は、文字で理解する文化ではなかった。音で理解した。色や音の受け取り方は、触常者と見常者では異なるのではないか。触常者による新たな現代語訳によって、読みの視点が深まることが期待できる。
  • 意見4:見常者が面白いと思うものを、触常者に「伝える手段」を作ることが難しい。
  • 意見5:伊藤先生のように触文化に入ってくる国文学の研究者は珍しい。歓迎。

 

6.連絡事項

 ジャーナル2号の原稿を募集する。

 なお、第4回研究会は2016年12月大阪において開催予定。