研究内容の概要

 現在の『源氏物語』は、藤原定家が校訂した、いわゆる〈青表紙大島本〉で読まれ、そして研究されている。しかし、『源氏物語』の研究において、本文批判は依然として不徹底のままである。『源氏物語別本集成』や『保坂本源氏物語 索引編』の仕事に関わっているうちに、一般に流布する〈青表紙本〉とは一体何なのか、ということの意味を問う状況になってきた。評価の高い写本の複製本も出そろい、コンピュータという文具も実用になった今、『源氏物語』の本文を再検討するには好機だと思う。

 本研究では、まず〈青表紙本・河内本・別本〉とされるものから代表的な4種類の基礎的本文を整備する。そして、各々が内包する質的異同に解釈を含めた重みを付け、その集積データから、各写本間の位相を明らかにしていく。特徴のある異同を検討し、異本・異文の世界の様態をも探究していくことになる。

 本研究が写本レベルでの本文対校データを用い、文学作品の質に踏み込んだ諸本間の位相を考察するのは、従来なかった手法である。今回の大量データの総点検によって、物語書写本文の様態に新たな関連グループが指摘できることになると思われる。

 平成9年度は、2ヶ年計画の1年目として、基礎資料の作成を中心とした以下の研究計画を実施する。

 まず、異文判定用の基礎データの整備である。特に〈大島・陽明・保坂・尾州〉の本文を確定するのが急務と思われる。古写本を読みながら本文データをパソコンに入力した後に、その校正と文節の切り直しを行なうのである。あくまでも、写本に忠実な翻刻本文をもとにした本文対校を行うのが、本研究の特色であり、この基礎データ作成が重要なポイントとなるのである。意味不明な語句や、説明的な傍注の混入と思われるものも、書かれたままの、あるがままの本文の姿で校合することによって、写本レベルでの本文の位相が明確になるはずである。

 次に、完成したテキストデータをもとにして、4本を用いての異文判定作業を行なう。

 本文異同は、単語レベルではなく文節単位で検討する。『源氏物語』の総文節数は約214,000文節ある(陽明本で換算)。この本文データをもとに、大島本と河内本を基準として、対校本文1件毎にその異同の重みを判定していくのである。
 この作業には、古文に対する専門的な知識と文章の解釈力が必要である。これらの作業は、膨大な時間を要するはずである。古写本が読めてパソコン操作に習熟していること、そして古語に対する理解が必須の要件となるものである。

〔参考文献〕
 拙稿「『桐壷』における別本諸本の相関関係」
          (『源氏物語研究 第二号』平成 4・ 5)
 拙稿「桐壷巻における別本群の位相 ー桐壷帝の描写を中心にしてー」
          (『中古文学 第五十号』平成 4・11)

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