趣旨

 近年、古典文学研究においてコンピュータが活用されるようになってきました。

 一連のデジタル・アーカイブ作成(歴史的に価値ある資料のデジタル化による保存)の流れの中で、テキストが画像として保存されるだけではなく、作品本文や関連資料を含めた総合的なデータベースの構築が行われ(注1)、そしてそれらを利用した研究がなされています。また、研究者が自らの研究を発表する媒体としてインターネットが用いられるようにもなりました。

 『源氏物語』研究も例外ではなく、作品本文がCD-ROMやネットワーク上のデータとして公開されています。しかし、研究者が『源氏物語』を読むときに必ず紐解かれる古注釈書については、デジタル化がほとんど進んでいないのが現状です(注2)。

 『源氏物語』の注釈書は数多く存在します。それぞれの意見を比較・検討するためには、従来、何冊もの注釈書を手元で広げて注釈本文を写し取る作業が必要でした。また、注釈に出てきた事項について調べるときには、件名索引をもつ少数の注釈書を除いては、すべての注釈本文に目を通した上で諸注を比較し、物語本文に遡るといった手続きを踏まなくてはなりませんでした。

 よって、このたび私たちは『源氏物語』のすべての古注釈書を電子テキストにし、諸注の横断検索を目指すこととしました。古注釈のデータベース化は、本を用いた際に必要であった読解以前の作業を大幅に軽減するだけでなく、古注釈史や古注釈書において指摘された典拠や准拠、『源氏物語』の受容史の各研究にも役立つと思われます。

 本年度は、近世の諸注集成であり、それ以降もっとも流布した物語本文をもつ北村季吟の『源氏物語湖月鈔』を取り上げ、『源氏物語』54帖のうち浮舟巻から始めました。

 『源氏物語湖月鈔』は、物語本文と注釈を兼ね備えているのでテキスト公開に伴う著作権の問題が解消できる上に、諸注集成なので多種多様な古注釈の世界を概観できるので、これから構築するデータベースの雛形としてふさわしいと考えました。

 そして、『源氏物語』の浮舟巻から始めた理由は、通行のテキストの底本として使用されることの多い大島本には浮舟巻のみが欠けており、本文研究の分野においても有意義だと思われるからです。将来的には『源氏物語別本集成』((編)伊井春樹・伊藤鉄也・小林茂美、おうふう、平成元年より刊行中)のデータとのリンクも考えています。

 なお、このプロジェクトではHTMLではなくXML形式を採用することとしました。XMLの利点はWeb上で内容が検索できることです。つまり、インターネットに接続さえできれば、古注釈の語彙検索が瞬時に可能になるのです。さらに、『日本古典文学総合事典データベース』(注3)との連係により、書名・人名・地名の分類検索も実現されます。

 XML版「浮舟」データベースは11月末公開を予定していますが、それに先立って暫定版のHTML版を本ホームページにおいて公開します。途中経過は「作成要領」として順次発表していくつもりです。

 皆様のご意見、ご感想をお待ちしています。


【参考文献】

注1 平安文学とデータベースについては以下の論があります。
伊藤鉄也「『和泉式部日記』データベース化の問題点─現代版〈異本・異文〉の発生について─」 「人文科学データベース研究」第1号、昭和63年6月
伊藤鉄也「『源氏物語』受容環境の変革─古典文学のデータベース化について─」(編)国文学研究資料館『伊勢と源氏─物語本文の受容─』古典講演シリーズ5、臨川書店、平成12年3月

注2 大内英範「XMLを用いた源氏物語湖月抄のデータベース化の試み」「大阪樟蔭女子大学日本語研究センター報告」第9号、平成13年3月

注3 『日本古典文学総合事典』とは伊井春樹氏作成のデータベースで、文学作品に出現する語彙が階層によって分類されています。
伊井春樹「古典文学総合事典データベース構築の試み」「人文科学データベース研究」第1号、昭和63年6月
谷口敏夫「ハイパーテキストの中の古典文学─源氏物語をモデルに─」「人文科学データベース研究」第6号、平成2年11月
大谷晋也「『日本古典文学総合事典』」(編)DB-WEST(西日本国語国文学データベース研究会)『パソコン国文学』啓文社、平成7年1月、第5章マルチメディア・第1項



データベース画面の説明

1.本文表示欄と画像データ(※画像は近日公開予定です。)
 左のウィンドウの巻名リストから任意のものを選んでクリックすると、対応する『源氏物語湖月鈔』の物語本文が表示されます。一面行数と文字数は底本のままです。
 6桁の数字は巻丁番号です。6桁のうち、頭2桁はその巻が『源氏物語』では何帖目か、中3桁は底本において何丁目か、下1桁は0が丁の表、1が丁の裏を示しています。巻丁番号をクリックすると、対応する傍注と頭注が右のウィンドウに表示されます。
 巻丁番号の右にある本の印をクリックすると、別ウィンドウが開き、底本の画像データが表示されます。本の印には、閉じているもの、開いていて右側の色が濃いもの、左側の色が濃いものがあり、画像データの対応丁を意味しています。見開きでは、右側が丁の裏、左側が丁の表になります。

2.傍注表示欄
 『源氏物語湖月鈔』の物語本文の行間に書き込まれた注釈を、取り出して半丁ごとにまとめてあります。本文の巻丁番号をクリックすることによって表示されます。

3.頭注表示欄
 『源氏物語湖月鈔』の物語本文の上方に記された注釈が、半丁ごとにまとめてあります。本文の巻丁番号をクリックすることによって表示されます。
 底本において、頭注は、本文の注釈がつけられた部分が見出し語として掲げられ、1字空けあるいは行替えの後に注釈が記されるという形式になっています。しかし本データベースにおいては、見出し語の後はすべて行替えをしてから注釈を配置してあります。なお、見出し語は太字にしてあります。
 また、底本において、紙面の都合で該当の本文と同じ丁に記されていない頭注は、本文と同じ丁に移しました。



凡例

1.底本は国文学研究資料館蔵の版本(サ4/9/57)を用いた。摺りの不鮮明な部分を影印本『源氏物語湖月鈔』11(北村季吟古註釋集成17、新典社、S53.7、底本所蔵者大和屋文庫)で確認した。
 確認に影印本を用いた理由としては、影印本は摺りの状態が良好であることや、影印本と版本とは同じ版木を用いており、摺りは違うものの本文に大きな差が認められなかったこと、また、データベースの利用者にとって確認が取りやすいことが挙げられる。

1.句読点は原態のままとし、・で表した。

1.濁点は原態のままとした。ただし、漢字につく濁点は翻刻しなかった。

1.反復記号はゝ、ゞ、々、/\など、原態に近い形で翻刻した。
 また、濁点つきのヲドリ字は%\で表した。

1.空白は_で表した。

1.割り注は[]で括り、文字サイズを標準に直した。

1.漢字表記
 すべての利用者のパソコンで表示しやすいように、 通行の漢字に改めた。
 Sift JISにもunicodeにもない漢字は☆で表し、備考として「今昔文字鏡」の文字番号を記しておいた。
 異体字はJIS番号の若い方に統一した。ただし、「叉」と「亦」は「又」よりもJIS番号が若いので、「又」に統一した。
 なお、当て字は底本に従い、通行の字に直さなかった。

1.訓点つきの漢文は、現時点では振り仮名や返り点を取り除いて白文に直した。

1.和歌が2字下げになっているものは、__で表した。
 和歌の始まりの山括弧は「で表したが、底本では歌の末尾に終わりを示す記号がないので、補わなかった。
 また、和歌の後半部分を略す記号の─────は、……で表した。

1.書名表記
 注釈書及び注釈書の類の名称は、底本では頭文字の1字あるいは2字に略されており、注釈より細かい字で記されるが、すべて『』で括り、文字サイズを標準に直した。
 また、注釈の全文がほかの注釈書及び注釈書の類から引用されている場合は、引用元の名称を“”で括り、文字サイズを標準に直した。
 例)『哢』『師』 “古今”“細本”