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  澪標巻の別本 ー東大本を中心にしてー

                      伊藤 鉄也

    はじめに

 東京大学附属図書館が所蔵する源氏物語の中で、いわゆる別本とすべき本文を有する写本が数巻ある。この源氏物語の写本(以下、東大本と呼ぶ)は、現在は青州文庫(請求記号E23.48)に収められており、所定の手続を踏めば、一般にも閲覧できるものとなっている。
 本稿は、この東大本の概要と、その中から第十四巻「澪標」の本文異同の傾向をまとめたものである。
 なお、『源氏物語大成』の「澪標」には、別本として取り上げられた本はない。青表紙本七本と河内本五本との対校結果があげられているだけである。

    一、東大本の概要

 東大本は、『源氏物語事典 下』(昭和三五、東京堂)の解説からほぼその書誌的な概要は掴める。

  • 東京大学附属図書館蔵源氏物語 [冊数]五四帖。[体裁]縦六寸九分、横五寸八分五厘。楮紙袋綴。[筆者]不詳。だいたい室町中期の書写とみられる。[内容]一面十行。河内本と認めるべきものは、空蝉、紅葉賀、花散里、関屋、絵合、松風、初音、蛍、篝火椎本の諸帖。別本とすべきものは、澪標、朝顔、藤袴、幻、匂宮の諸帖。他はすべて青表紙本系統である。河内本、別本の中には青表紙本を比校しているものが多い。[奥書]ない。[参考]『校異源氏物語』『源氏物語大成』校異篇に不採用。しかし研究資料篇二五九・二六〇頁に解説がある。(太字筆者)
  • 『源氏物語大成 研究資料篇』の解説はこの解説文のもとになったものであり、ほぼ同文である。なお、『源氏物語大成 研究資料篇』の解説文の横に、東大本「紅葉賀」「澪標」「藤袴」の本文部分の写真が各一葉ずつ掲載されている。
     以下に、実見しての補足的な事項を列記しておく。

  • ・ 体裁は、ほぼ縦二一cm・横十七.八cmである。巻によっては大きさに多少の不揃いはあるが、それも縦が五mm位の違いである。
    ・ 表紙は黒色の紙で、うすく菱形の絵模様が浮き出ている。左肩に紙題簽。
    ・ 全巻同一の筆者による、一揃の書写本である。
    ・ 一面十行、一行十九文字位。
    ・ 本文に書き込まれた他本との校合は薄墨別筆。青表紙本系統のものが多いように思われる。
    ・ 墨書きの濁点がミセケチ符号と紛らわしい。
    ・ 朱が目につくのは「夕顔」までであり、以降はほとんどない。
    ・ 「花宴」の扉の裏に、「前ハ河内本に類ス後ハ青カ」というメモ書きの貼紙(原稿用紙を長方形に切ったもの)がある。
    ・ 別本とすべき巻に、「初音」「御法」が加わりそうである。
    ・ 青表紙本・河内本にない語句が散見する巻として「篝火」「行幸」「柏木」「鈴虫」「紅梅」がある。
  •     二、諸本間の位相

     諸本の異同傾向をわかりやすく表にしたものが、本稿末尾にあげた表・・表・である。
     表・は、「澪標」の陽明文庫本全文を文節ごとに区切り、それぞれに対応する諸本の本文の異同で、全く同一の字句が表記されていない割合がわかるようにしたものである。この異同については、字母までは比較の対象にしていない。あくまでも、現行の表記で読み取っての不完全一致の比率がわかるようにしてある。なお、「澪標」の阿里莫本・麦生本について、岡嶌偉久子氏は青表紙本系統のものとされている(「源氏物語阿里莫本  『源氏物語大成』不採用二十六帖について  」『ビブリア』第九十号、昭和六三)。しかし私は、これは青表紙本でも河内本でもない別本として扱いたい。このことについては別に論ずる用意があるので、ここでは省筆させていただく。
     さて、本稿で扱う「澪標」の写本六種類のうち、どれかの写本の文節で一致しないものがある比率は、六九パーセント(三八一〇例中二六三五例)である。言い換えれば、六種類の写本を通して完全に一致する部分は、三割ほどだということである。
     表・からわかることを、次に列記しておく。

  • 一、麦生本と阿里莫本の親密さが目を引く。麦生本と阿里莫本とは、ほとんど文字表記のレベルでも一致することが多い写本である。
    二、尾州本(河内本)は、他の諸本と四割以上という高い比率で異同を示す。
    三、陽明本・大島本・東大本が同じような傾向を示す。
  •  表・は、表・の次の段階として、仮名遣い・送仮名・音便などの異同を除外した場合の、各諸本間の異同傾向がわかるようにしたものである。つまり、文を読んでいったときに意味を持つことばとしての違いがあるか、という目安で対校した結果である。この基準で諸本を見渡すと、六種類の諸写本を通して、ことばの読みの上でどれかの写本で異同が生ずるのは、三八パーセント(三八一〇例中一四五四例)であった。
     表・からわかることを、以下に列記しておく。

    一、麦生本と阿里莫本とは、ほぼ同一の本文を有する。
    二、尾州本(河内本)が依然として三割の比率で異同を示す。
    三、陽明本・大島本・東大本が同じような傾向を示す。

     諸本の異同を通覧して気付いたことは、異同のパターンが大きく二通りにわかれることである。一つが陽明本・大島本・東大本のグループであり、もう一つが麦生本・阿里莫本・尾州本のグループである。
     といっても、これは「澪標」全体に渡っての傾向ではない。最初の三分の一までは、陽明本と尾州本、東大本と尾州本とが同じ異同を時たま見せる。それが、三分の一を過ぎたあたりから、麦生本・阿里莫本・尾州本のグループの近似性が顕著になる。
     ただし、尾州本は独自異文が多いため、麦生本・阿里莫本とはややその位相を異にすることは、表・・の全体の傾向からも確認できることである。また、尾州本には、字句が転倒した表現が散見するのも特徴である。なお、これらについての詳細な検討は、稿をあらためて述べたい。

        三、東大本の独自異文

     東大本の独自異文は十五例ほどある。それも前半に集中するが、その中から二、三あげておこう。以下で底本として引用する本文は東大本である。その右に東大本の傍記などを、引用した東大本の左に諸本との異同を併記する。引用本文に添えた記号は『源氏物語別本集成』に倣い、それぞれ次のことを示している。
      大 大島本 青表紙本
      陽 陽明本 別本
      麦 麦生本 別本
      阿 阿里莫本 別本
      尾 尾州家本 河内本
      $ 見せ消ち
      + 補入
      = 傍記
     また、引用文の末尾の数字は、『源氏物語別本集成 第四巻』の文節番号である。

     御心$う つゐに
    御心ちにも ・              を
     内麦阿  つゐに陽大麦阿尾 この陽大尾 ひと尾
     内/$うち陽
     うち大尾

     $         さま$け、け$き、傍き〈削〉
    つゐに      さまたけす        (140041〜140050)
     ×陽大麦阿尾 ×尾 けたす陽大麦阿尾

     この例は、諸本が「内にも」・「けたす」とするところを、東大本が「御心ちにも」・「さまたけす」としていることが読み取れるものである。また、「つゐに」の語句も転倒している。この例では、見せ消ちや補入などで諸本と同じ本文になるような校合をしているが、東大本の本行の本文は、明らかに諸本とは異質の異文を伝えている。『源氏物語大成』によると、東大本が「えさまたけす」とするところで、次の異同があることが知られる(諸本の略号は同書に倣う)。
      えけたす・大横平肖三御七
      とけす ・
      えけたす/え補入・
      けたす ・宮尾
      えたすけす・
     ここは、弘徽殿大后が源氏の勢力を抑えることができなかったことを無念に思うところである。諸本が「大后御なやみおもくをはします内にもつゐにこの人をえけたすなりなん事と」といい、東大本の本行の本文が「おほ后の御なやみをもくおはします御心ちにも此人をつゐにえさまたけすなりぬる事と」としているのである。東大本でも文意に大きな変更はないが、独自な異文を伝えていることは確かである。この異文の発生事情については、新たな異本の発掘を待つしかなさそうである。

                 $
    かむの君  かほはいと ゝ    あさやかに
     女君陽大麦阿     ×陽大麦阿尾 あかく陽大麦阿尾
     をんなきみ尾

          ひて    (140170〜140174)
     にほ陽大麦阿尾

     諸本が「女君」とするところを、東大本は「かむの君」とする。 ここは、朱雀帝が朧月夜の尚侍に恨み言をいう場面である。後に出てくる「かむの君」(141866)では、諸本に異同はない。つまり、ここでは東大本だけの独自異文となっているのである。おそらく「女君」の説明注記として傍記された「かむの君」か「尚侍君」が、いつしか本文部分として取り込まれた結果によるものであろう。
     なお、東大本の「あさやかに」は、『源氏物語大成』を見ると青表紙本七本中の四本(家平池三)も同じ語句を伝えていることがわかる。
     次の例は、朱雀帝譲位、冷泉帝即位のところで、新春宮に右大臣の娘である女御腹の皇子を立てようとするくだりの本文異同である。

                      $
    春宮  には そうきやう殿 の 御はらの 御子(140323〜140326)
     はう陽大   そきやう殿陽    ×大麦阿 みこ陽大尾
     坊麦阿尾   そ行殿大
            そうきやうてん麦阿
            そきやうてん尾

    「坊」とは春宮坊のことで、春宮の位と同意である。東大本の「春宮」は前述の「かむの君」同様、「坊」の説明注記として傍記された「春宮」が、いつしか本文部分として取り込まれた結果によるものであろうか。
     「御はらの」という語句については、『源氏物語大成』によると、青表紙本の一本(横山本の補入)と河内本五本が伝えているものである。
     東大本の独自異文とした中には、次のように明らかな目移りによる脱文もある。

    ありけれと (141494〜141496)
     有けれと/れ+うき物は我身こそありけれ陽
     ありけれうきものはわかみこそありけれと大
     有けれうき物は我身こそありけれと麦
     有けれうき物はわか身こそ有けれと阿
     ありけれうきものはわか身にこそありけれと尾

    ○せうえう あそひともの (142498〜142505)
         あそひのゝしるり給へと御心にはなをかゝりて
         おほしやるあそひものとも/前る$陽
         あそひのゝしり給へと御心にはなをかゝりて
         おほしやるあそひともの大
         しのゝしり給へと御心にはなをかゝりて
         おもほしやる遊もの共の麦
         しのゝしりあそひ給へと御心にはなをかゝりて
         おもほしやる遊ものともの阿
         しあそひのゝしり給へと御心にはなをかゝりて
         おもほしやるあそひともの尾

    右二例のゴシック文字で示した箇所が、目移りを生じた語句に該当すると思われるところである。前者は「ありけれ」、後者では「あそひ」という語句で目移りが生じたために、このような脱文となったと考えられる例である。ただし、後者の場合は、麦生本と阿里莫本は対象から外れるし、尾州本も除外すべき用例と見るべきであろう。

        四、東大本の校合本文

     東大本が校合による結果を薄墨で記しているところは、二三七箇所である。対校に当たっての姿勢は、仮名遣い・送り仮名・音便にまで及ぶことから、極めて厳密なものといえる。

     $お
    ろかならぬ (140162)

      ひ
    ○給・てんと (140197)

         $く
    ○ありぬへ (140062)

     校合に用いた本文の系統を知るために、その一致する用例数をあげると、次のようになる。

      陽明本  一三二例(五六%)
      大島本  一四一例(五九%)
      麦生本  一三九例(五九%)
      阿里莫本 一四六例(六二%)
      尾州本七六例(三二%)

     ここからは、尾州本以外の本文と東大本との六割が一致していることが、わかるだけである。そこで、さらに『源氏物語大成』を利用して検討すると、青表紙本の中の三条西本が最も近似するものとして浮かび上がってくる。

     $
    いと心  くるしけれとて ・  (140167)
     ×三           も尾
     心陽大麦阿

    東大本が「いと心」を見せ消ちにしており、この語句がないのは三条西本だけである。

          く
    ○くちおし ・や (140990)
       をしき陽
       をし/し+き、傍き$〈朱・削〉大
       をし麦
       おしき尾
       をしく三

    東大本は「し」の右横下に「く」という文字を補入することによって、「くちおしくや」とする。これは、三条西本と一致する。
     なお、東大本で音便を校合対象にしているところは、十二箇所ある。その内訳を整理すると、〈う→く七例〉〈く→う一例〉〈い→き二例〉〈き→い二例〉となる。
     もう一例あげよう。

     うちわ$はち
    うちわらひ  て (140919)
     うちはらひ大(ちわ補入横)
     打わらひ麦
     はちらひ家平三

    東大本は、「うちわ」を見せ消ちにして「はち」を傍記することによって、「はちらひて」と読ませようとする。これに一致するのは、青表紙本の静嘉堂本・平瀬本・三条西本の三本だけである。
     また、東大本には異本注記の記号として、「イ」を用いたところが十箇所ある。そして、これらすべてが三条西本に関係する異本注記となっている。

      ふ=へイ
    給ふ   とも (140161)
     給陽麦阿尾
     たまふ大
     たまへ三

    東大本は「ふ」の右横に「へイ」と傍記して、「給へとも」という異文を伝える。それに一致するのは三条西本だけである。

     =イ本
    しろきかみを (140394)
     しろかみも陽大
     しろかみにも麦阿
     しろかみを河内本ー尾宮
     ×三
     しつかみも家
     しろかみをも河内本ー御七大

    右の例での東大本の「イ本」という傍記は、「しろきかみを」という語句を線で範囲指定しての異本注記である。具体的にはどのような本文なのかを示してはいないが、わざわざ該当語句を指定していることから推して、三条西本の欠文のことと関係が深いと思われるものである。

     ひそ ち=イ
    ○ ・ひちゝかに (142954)
       ひらゝかに陽
       ひはつに麦阿
       ひそひやかなるさま尾
       ひそひかに家三
       ひちかに/ち$らゝ横
       ひそひらかに/そひら$ちゝ平
       ひそひやかに池

    東大本で「ちゝ」とあるところが、異同の多い箇所である。青表紙本のいくつかの異文(静嘉堂本・三条西本・平瀬本・池田本)が、この異本注記に関連している異同である。
     最後に、東大本が校合に用いた本文が三条西本だ、とは特定できない異同をあげておこう。

      哉$也
    世哉 (141696)
     世かな陽麦阿
     よかな大
     よな尾

     故$この
    故宮す所   の (143256)
     こ宮すところ陽
     こ宮すむところ大
     こ宮す所家横平三麦阿
     宮す所尾

     以上は、東大本の本文異同のほんの一例をあげたにすぎない。
     ここまでの用例の検討から、例外はあるが、東大本の校合に使用された本文は、現在確認できる写本からいえば、ほぼ青表紙本系統の三条西本に近いものであったことは断定してよかろう。

        五、源氏釈引用本文との関係

     『源氏釈』が引用する源氏物語本文は、定家本成立以前の源氏物語本文のありようを示すものとして、貴重な資料となっている。
     『源氏釈』の「澪標」では、「源氏或抄物」と「前田家本」がともに二項目だけあり、それぞれ同一箇所を取り上げている。
      1 「源氏或抄物」

  • 源氏あかしのふみをみてあはれとなかやかにひとりこちたまふをむらさきのうへしりめにみおこせて浦よりおちにとうらみかけたまへは源氏の君ふみのうはつゝみはかりをみせたる所は(引歌省略)といふふる事の心なり
    [校異]
    「源氏あかしのふみを」・ダイジェスト部分。
    「みて」・み給つゝ陽麦阿、見給つゝ大東、見給て尾。
    「あはれと」・哀と東。
    「なかやかに」・なこやかに麦阿。
    「たまふを」・給陽、給を大麦阿尾、給ふを東。
    「むらさきのうへ」・女君陽大東尾、女君も麦阿 。
    「みおこせて」・みをこせて陽大麦、見をこせて阿東、見をこせ給て尾 。
    「浦より」・うらより陽大麦阿東尾。
    「おちに」・をちに陽大麦阿東尾。
    「と」・ダイジェスト化に伴うつなぎのことば。
    「うらみ」・うらみて尾 。
    「かけたまへは」・きこえ給て陽大東、聞え給て麦阿、ナシ尾 。
    「源氏の君ふみの」・ダイジェスト化に伴う語。
    「うはつゝみはかりを」・うはつゝみはかり尾 。
    「みせ」・見せ大阿東尾 。
    「たる所は」・ダイジェスト化に伴う語。

  •   1 「前田家本」

  • めに見をこせてうらよりおちにこく船のとの給(引歌省略)
    [校異]
    「めに」・ダイジェスト化に伴う語の断片。
    「船のと」・ふねのと陽尾。
    「の給」・ダイジェスト化に伴う語。
         『源氏物語別本集成 第四巻』141538〜141578

  •   2 「源氏或抄物」

  • けんしいまはたおなしなにわなるとありつる心は(引歌省略)といわる心也
    [校異]
    「けんし」・ダイジェスト化に伴う語。
    「いま」・今麦阿東。
    「おなし」・をなし陽東。
    「なにわなると」・なにはなると陽大麦阿尾、難波なると東。
    「ありつる心は」・ダイジェスト化に伴う語。
    「といわる心也」・ダイジェスト化に伴う語。
  •   2 「前田家本」

  • いまはたおなしなにはなるとうちすんし給は(引歌省略)
    「うちすんし」・うちすし大麦阿東尾。
    「給は」・給へるを陽大麦阿東尾。
         『源氏物語別本集成 第四巻』142402〜142409
  •  ここで異同としてあがっているものは、ダイジェスト化に伴うものが大半である。しいて問題となるものをあげれば、「源氏或抄物」が「むらさきのうへ」とするところを、諸本は「女君」とあることであろう。これについては、本誌所収渋谷栄一氏の「源氏釈における人物呼称について」の〈二、「上」と呼称される人、及び「宮」と呼称される人〉「1 紫の上」の項を参照願いたい。そこで渋谷氏は、「初めて「上」の待遇で呼ばれるのは「蓬生」巻であり」「世尊寺伊行は表記するしないは別として、終始一貫して「紫の上」と呼んでいたことが分かる。」といわれる。
     『源氏釈』の引用本文は、本文異同の問題に関しては特に注目すべき資料を提供してくれない。

        まとめ

     東大本の「澪標」は、青表紙本でも河内本でもない、いわゆる別本であるといってよかろう。また陽明本は、次のようにいわれている本である。

  • 「澪標」の周到な本文研究、精密な諸本との校合が進めば、青表紙本や河内本と遠いように見えながら、しかも近接した要素をも持つ、この特異な「澪標巻」の位相が明らかになることによって、青表紙本や、とくに河内本の成立系流や性格を探る、有力な資料としても、陽明文庫本「澪標」の存在はクローズアップされてくるだろう。(『陽明叢書 源氏物語  四 翻刻・解説篇』八八頁、南波 浩、昭和五四)
  •  これまでは、「澪標」には別本としての資料がないとされていた。しかし今、陽明本・東大本そして麦生本・阿里莫本と、別本に分類すべき本文が、自由に利用できるようになった。こうした未整理の本文を読み解くことによって、今後は諸本間の問題はもちろんのこと、新たな作品の読みも深められていく可能性がでてきたのである。



    表・  「澪標」全く同一でない文節数とその比率
       (メモ:比率が低い程、近似性が高い。字母は除外。)
                        完全不一致文節実数

    総3810

    陽明本

    大島本

    麦生本

    阿里莫

    東大本

    尾州本

    陽明本

    1055

    1338

    1370

    1346

    1648

    大島本

    28

    1461

    1453

    1192

    1662

    麦生本

    35

    38

    502

    1423

    1881

    阿里莫

    36

    38

    13

    1351

    1872

    東大本

    35

    31

    37

    35

    1847

    尾州本

    43

    44

    49

    49

    48

              完全不一致文節比率(%)

    表・  「澪標」本文異同のある文節数とその比率
       (メモ:仮名遣い・送仮名・音便などは比校しない。)
                        本文異同のある文節数

    総3810

    陽明本

    大島本

    麦生本

    阿里莫

    東大本

    尾州本

    陽明本

    214

    512

    535

    428

    1041

    大島本

    7

    445

    441

    346

    1025

    麦生本

    13

    12

    119

    622

    1089

    阿里莫

    14

    12

    3

    633

    1094

    東大本

    11

    9

    16

    17

    1119

    尾州本

    27

    27

    29

    29

    29

              本文異同文節比率(%)


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