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源氏物語電子資料館の構想

 

伊藤 鉄也


〈目次〉
はじめに
1 パーソナル・データベースの構築
2 構想前史
3 基本構造
4 第1室〈本文資料〉全本文・加工本文
5 第1室〈本文資料〉注釈
6 第1室〈本文資料〉翻訳(現代語訳・外国語訳)
7 第2室〈受容資料〉文献・論文・随想
8 第2室〈受容資料〉画像・映像・音声
9 第3室・第4室
10 第5室〈情報交換〉
おわりに

    はじめに

 〈源氏物語電子資料館〉は、『源氏物語』に関連したさまざまな情報を、世界規模の文化的な財産として蓄積し、広くその情報を公開する目的で個人的に設立したものである。平成7年9月30日に、世界170ヶ国7000万人以上の人々が利用する、インターネットと呼ばれる通信回線上に公開したのがその最初である。印刷物ではなくて電子媒体によってデータの管理を行うのは、通信を介して世界中の人々に利用してもらえることと、データの同一性の保持および、その対極をなすデータの変更が容易なためである。常に最新の情報を収集し、それを利用者に提供することによって、個人が管理する、いわゆるパーソナル・データベースの資料的な質の向上が望めることになるはずである。また、マルチメディア化した情報により、『源氏物語』の理解も国境や文化を越えたレベルで深まっていくことであろう。〈源氏物語電子資料館〉は、情報を集配する窓口となるものである。
 冒頭から〈データベース〉とか〈マルチメディア〉という言葉を用いた。その実態を明確にするためにも、まずその言葉の意味を確認し、共通理解の基礎としておきたい。『広辞苑 第4版』から、「データベース」と「マルチメディア」の項目を引いておく。
  ・データ‐ベース【data base】
  (「情報の基地」の意) 系統的に整理・管理された情報の集まり。特にコンピューターで、
  様々な情報検索に高速に対応できるように大量のデータを統一的に管理したファイル。
  また、そのファイルを管理するシステム。
  ・マルチ‐メディア【multi media】
  情報を伝達するメディアが多様になる状態。また、コンピューターで映像・音声・文字な
  どのメディアを複合し一元的に扱うこと。
 〈源氏物語電子資料館〉は、〈『源氏物語』に関する映像・音声・文字によるデータを書斎のパソコンで取り扱えるようにした情報群の窓口〉としての役割を果たすものである。したがって以下では、データに対する基本的な考え方と共有するデータ群の形式をどうしたらよいか、また、それらをどのように提示するか、という点を中心にして検討・考察を行う。具体例としては、『源氏物語』の第5巻「若紫」をとりあげることとする。
 なお、絵画資料や映像・音楽の著作権や所有権の問題が、この種の電子化されたデータには密接に関わってくる。そうした未解決の問題はいずれは解決され、周辺にある材料が一定の手続きを踏めば自由に活用できるようになることを願いながら、現実の問題として〈源氏物語電子資料館〉では、すべてオリジナルなデータを使用することによって、この難題を回避した。これは、今回はたまたま私がそのようなオリジナルデータを利用・作成できただけのことであり、今後は複雑な権利が絡む状況に追い込まれることは必至である。よりよい方策を、早急に考え出したいものである。
 〈源氏物語電子資料館〉は、その情報の蓄積が広範囲に多方面からなされると共に、上記の諸権利への展望が開けた時点で、おのずとそれが〈源氏物語電子博物館〉と呼ばれるものに移行すると思われる。まさに『源氏物語』は、マルチメディアな対応に応えられる作品なのである。次世代に読み継がれる作品であることを意識して、『源氏物語』を読解するための情報の整理を、現時点で試みておきたいのである。

    1 パーソナル・データベースの構築

 〈源氏物語電子資料館〉を考えていくにあたって、まず確認しておきたいことがある。それは、書斎において利用者の手元にあるのは、あくまでも自分自身のためのパーソナルなデータベースだ、ということである。自分の生活環境ないしはパソコンの利用環境において、使い勝手のよいデータベースを手元に置いて『源氏物語』を読む、という場面を想定している。それは、研究者に留まることなく、一読者の立場からの利用という面も考慮している。『源氏物語』を読むために必携とでもいえるパーソナルな〈電子百科事典〉が、われわれの座右に置いてあるという読書環境の想定である。そして、この〈電子百科事典〉は、個人レベルで自由に内容や構成の変更ができるところが特徴といえる。利用者レベルでデータの増補改訂ができるので、利用者個々人の要求に応じた内容で構成されたものとなっていく。自分が育てていく、パーソナル・データベースなのである。
 そのようなパーソナル・データベースは、個人が一からデータを入力して作成するのは困難である。『源氏物語』に関するデータは、電子化されたものとしては市販されていない。そこで、図書館や資料館の役割を果たす〈源氏物語電子資料館〉の存在が必要となる。資料館でデータが公開されており、そこから自分が必要なデータを借り出してくる。そして、借り出したデータを各自のパーソナル・データベースに取り込み、手元の情報を育てていくことになる。
 このパーソナル・データベースを作成するためには、どのような点に注意すべきであろうか。基礎となるデータがどのような形態で存在し、それをどのように各人が利用するかということを、ここで確認しておきたい。
 『源氏物語』を専門家の立場から受容し、調査研究の対象としている人に対しては、次の要素が盛り込まれているデータベースが、利用価値の高いものといえる。
 まず、利用者各人が自分のためのデータベースを構築し、かつその育成を支援することを主眼とするスタイルのデータベースであること。提供されている情報から取得した基本データに、各自が用途に応じたデータを追加したり、修正していくことによって、少しずつ利用者のもとで成長していくものであることも大切である。利用者が育成したデータが、いろいろな付加情報をともなって資料館へ更新データとして収録されていくルートも、重要な点である。いわゆる、相互育成を果たしていくものである。また、手元の資料をどんどんデータベースの中に取り込むことによって、自分の調査・研究から読書・鑑賞のための、あくまでもプライベートなデータベースが構築されていくように設計されている必要がある。著作権や所有権の心配が少ない、あくまでもパーソナルなデータベース作りが、当面の目標である。
 このようにして成長するパーソナル・データベースは、各自の文化的な行動や知的活動のための基礎資料の蓄積となり、次の行為に継承されて発展する基本データとなるはずである。人間の文化的な営みに貢献するところの大きいものを目指したいものである。
 次に、『源氏物語』というものについて知りたくなった人、もしくは、『源氏物語』にたまたま出会い、興味をもった人、あるいは、まったくの通りがかりの人が〈源氏物語電子資料館〉を利用する場合を考えよう。〈源氏物語電子資料館〉は、通信回線の上で展開するものである。世界のいろいろなホームページを巡回・探訪する人々が多いことを考えれば、当然予想される利用者なのである。すでにインターネットで世界中の情報が自由に見られることを思うと、こうした閲覧形態での利用者は、予想を上回ることを想定すべきかもしれない。『源氏物語』を好奇心から覗いてみようと思った人でも、興味の赴くままに散策しているうちに、いろいろな情報が行き交い、自然に物語の奥深さを垣間みることができるということは、すばらしいことではなかろうか。私は、ここに新しい『源氏物語』の読み方が展開されていくであろうことを、大いに期待している。新しい『源氏物語』の受容形態の誕生である。
 このような利用形態を踏まえて、さまざまなデータベースが考えられる。私は、次の10種類のデータベースが有機的に統合されたものを、現段階では基本的な構成要素と考えている。
  1本文 2地図 3日本文学史地図 4建築物 5風景 
  6人物図像 7用具調度品 8年中行事 9動作行動 10その他
 この10項目を、平安朝という限定した範囲で統合したものを、〈平安朝マルチメディア・データベース〉と呼んでいる。これは、伊井春樹氏が提唱された〈日本古典文学総合事典データベース〉(略称はNSJDB)という膨大な体系の中の、一部門を形成するものである。時間的・空間的にも、平安朝という時代を守備範囲とする、比較的小規模なデータベースである。その詳細は拙稿「平安朝マルチメディア・データベース私案 ー資料の収集と整理についてー」(『都という文化』平成7年6月、おうふう)を参照願いたい。
 〈源氏物語電子資料館〉には『源氏物語』に関する基本的な情報が集積されているので、幅広い人々が自由にデータを収集できるようにしておく必要がある。つまり、日本国内はもとより、海外にいる日本人や海外の人々も容易に資料・情報に接することができるようにしておくことが重要なのである。この、海外でも利用できるデータベースというものを考えると、現在のところはインターネットというコンピュータ通信網の上に構築することが、効率のよい展開を計れるといえよう。これによって、専門家だけを対象にするのではなく、幅広い利用者の、自由なデータの閲覧と活用が期待できるようになる。
 なお、〈源氏物語電子資料館〉のインターネット版のホームページでの情報は、日本語によって表記・表現されている。これまでの『源氏物語』の受容史においても、日本語によるものがほとんどを占めるからである。日本語が理解できる人によって『源氏物語』は読まれてきた。しかし、明治以降、外国語訳による受容がいくつか見られるようになった。これからは、こうした傾向に変化が生ずることだろう。これまでは、海外に向けては、あまり情報を発信してこなかった。海外における講演・シンポジュウムなどは活発になされていても、それは恒常的なものではなかったように思われる。今、通信を利用することによって、距離という垣根は取り払われた。残るは、日本語と英語という道具としての言葉の問題である。外国語の中でも、英語を取り上げるのは、インターネットで利用される共通語は、アメリカをその起点とする関係から英語となっていることに由来する。
 〈源氏物語電子資料館〉では、英語による情報は一部のガイドラインの表示程度に留めている。海外の情報を収載するコーナーでは、おのずと外国語による表記が中心となってくる。つまり、無理に英語版のページを作るのではなく、海外の人々が利用するコーナーでは、自然に外国語で情報が流れ、そのためのガイダンスが表示される、というスタイルになることを期待しているのである。
 国文学研究資料館主催の「第1回シンポジウム コンピュータ国文学」(平成7年10月6日)のフリートーキングのテーマは、「国文学研究とインターネット」であった。その席上、拙作〈源氏物語電子資料館〉のデモンストレーションに関連して、フィリップ・ハリー氏(オックスフォード大学)やマイケル・ワトソン氏(明治学院大学)などから、次のような意見をいただいた。
 ・ホームページで表示する言語は日本語のままでよい。
 ・日本語による情報が、海外の人々にはかえって好評。
 ・日本の漫画を読みたくて日本語を勉強する外国人が増加中。
 ・日本語で大いに海外に情報を発信すべき。
 ・ホームページに英語併用をどうするかとの議論の方が不可思議。
 ・英文の説明が1ページ位あれば、より親切である。
 これで、言語の問題はしばらくは神経質にならなくてもよいこととなり、大いに励まされたシンポジウムであった。

    2 構想前史

 これからの電子資料館を考えていく前に、これまでの経過を記しておく。
 国文学関係の資料を、パソコン通信を活用して研究者に提供する構想を実現しようとしたのは、今から8年前の昭和62年(1987)夏であった。試案はその春にはまとまり、夏にデータベースセンターを設置し、秋からデータの収集・作成・整理を行い、昭和63年春にオンラインデータベースの試験版が稼働する予定になっていた。
 パーソナル・コンピュータが、16ビットマシンから32ビットマシンへと移行する時代である。パソコン通信は、前年の昭和61年春にPC-VANが一般ユーザーに使われだしていた。電子資料館について具体的に話が進められる条件が、少しずつ見え始めた頃といえよう。
 当時(昭和62年8月)作成していた企画書の一部を抜き出しておこう。
  〈データベース・システム企画案〉 
  *データベース・サービスのセンターは、東京と大阪に設置する。
  *今後とも、幅広い国文学関連の情報サービスを、このセンターを中心にして行う。
  *日本文学の作品本文と注釈及び現代語訳のデータベース化を中心とするが、今後の利用
  者層の拡大のためにも、〈群書類従〉のデータベース化も進める。
  *テキストのデータベース化にあたっては、作成・検索・活用面からの考慮と、利用者側
  の実用的な活用を重視して、基本的には作品本文を文節毎に区切ったものの集合とする。
  *データベース作成に携わった者の氏名は、テキストデータの一部に明記し、オープニ
  ングメッセージで必ず表示する。
  *データベースのマスターデータの更改等のアフターケア・サポート・メンテナンスなど
  の実務は、大阪のマスターデータによって行う。ただし、常に同一のデータベースを
  東京と大阪で保有する。
  *これからの文学研究者のための情報処理用のプログラムの開発も、当センターで行う。
  *通信機能の役割が、本データベースの中核となる。
  *本データベースを利用した書籍の出版活動も行う。
 以上の方針のもとに、具体的な活動内容は、おおよそ次のような流れとなっていた。
  ・ 写本・影印本で作品本文入力(オペレータ)→補訂・文節切り(編著者)→本文テキ
   スト編集(DBセンター)
  ・ 本文注記作成(編著者〉→注記入力(オペレータ)→注記テキスト編集(DBセン
   ター)
  ・ 現代語訳作成(編著者)→現代語訳入力(オペレータ)→訳文テキスト編集(DBセ
   ンター)
  ・ 群書類従本文入力(オペレータ)→本文テキスト編集(DBセンター)
  ・ 研究者用プログラム開発・作成(DBセンター)
この5項目のデータ群をデータセンターが管理し、その中で必要とされるものをデータベース化し、フロッピーディスクや通信サービスで研究者に公開するというシステムであった。また、データを編集して出版物として製本・販売することも考えていた。
 これらは、あくまでも昭和62年夏の時点でのものであり、当時のハードウェア・ソフトウェアの状況に縛られたものである。センターとしての最初の作業は、〈平安朝日記集〉などのデータベース化を予定していた。作品名と担当者リストおよび作業流れ図などが残っている。
 ちょうど同じ時期に、東京でも類似した企画があったようである。いずれにしても、当時は全国でたくさんの人が、各自が必要とする作品の本文などをパソコンに打ち込んでいた。それをパーソナルな利用に役立てるとともに、そのデータをより多くの人に使ってもらえれば、という意向が強かったことも各所で伝えられていた。そのようなデータの集約や、全国に散在する電子化された本文データの情報を提供することも、こうした構想の基底にあった。
 いくつかの出版社が、こうした構想に興味を示した。しかし、データの蓄積整備と利用者の確保までの時間と資金の点で、うまくいかない点が多かった。当時は私も、関西の不動産情報センターを通して候補物件46件のマンションのリストを引き出し、その中から4件の見取り図も入手していた。条件を満たすものの選定を終え、必要な機器をリストアップして、こうした試みのよき理解者を捜していたが、その年度末には残念ながら断念せざるをえないという経緯となった。
 現在は、いろいろな状況が変わった。機器の普及とその性能が向上したことや、コンピュータ通信をする人口の増大は、目をみはるものがある。商用パソコンネットを利用すれば、こうしたことは今なら、いとも簡単に可能である。しかし、それと同時に、新たな問題点も発生している。パソコンの普及と通信手段の拡大から、それが電子図書館構想の具体化まで話し合われているからである。書籍の流通に伴う経済的な諸問題があるために、もうしばらくの時間を必要とするようである。しかし、『源氏物語』に関するデータを電子媒体で入手する方策は、確実に現実のものとなった。
 8年前の試案は、データバンクに蓄積されたデータの有効利用であった。これと平行して、昭和62年8月には、〈日本文学データベース研究会〉(略称はNDK)が発足している。これは、大阪大学の伊井春樹氏を顧問とし、〈日本文学に関するデータベースの構築〉というテーマを通して、文学作品および諸文献のデータベース化と、これからの文学研究の方法について考える、という研究会である。この会は、現在も定期的に会合を持ち、活動を続けている。機関誌として『人文科学データベース研究』(昭和62年11月創刊、年2冊刊行)を発行した。内容は、文学・歴史・芸術・哲学という、人文科学全般を守備範囲とするものであった。この機関誌を通して、オンラインのデータベースシステムを模索し続けた。平成2年(1990)秋までに、6冊を刊行し、さまざまな情報を取り上げて、その使命をひとまず終えた。そこに掲載された論文などの内容が、現在ようやく一般に理解されるようになったことを思うと、4・5年先をひたすら突っ走っていたことになる。
 文学研究においても、出てきた結果を第三者が検証し、追認できなければならないと思う。職人芸的な研究ではなくて、証明の過程が明確で、実証された考察がいつでも再確認できる形式で公表できることは、学問の進展においては重要なことである。特に、電子文具としてのパソコンを使用した研究の場合は、そうした要素がとりわけ強い。
 本稿では、今後のありうべき理想を盛りながらも、現実の問題にも対処しながら可能と思われるデータベースの、その基本構造を考えている。もし、この構造なり構成なりに不都合があっても、一定の形式で蓄積されたデータは、新たな入れ物に移し換えることによって、またその意義を復活する。したがって、必要以上に細心になりすぎて融通のきかないものにするよりも、多少は綻びがあっても、そのダイナミックさが将来の有効な活用に資するものとなるように心がけたいのである。完成度の高い形式よりも、育てていく中で使い勝手のよいものになっていくというスタイルを、今後とも求めていくつもりである。したがって、あくまでもパーソナルなスタイルを重視したい。自分が使いやすい形式を提示し、それが他の仲間に受け入れられ、そして補訂されていく、というやりかたである。

    3 基本構造

 各自の机上で操作するパーソナル・データベースのためのデータをどうするか。書籍に添付されたフロッピーディスクやCD-ROMから、必要なデータをコピーして取り込むことは現実的である。しかし、データの修正や更新に対応できないデータは、将来的にも生き残っていけないものとなる。きめの細かいメンテナンスが可能なデータ供給方法が一番よい。そこで評価されるのが、通信によるデータ転送である。そして、通信の方法として注目を浴びているのが、インターネットといわれるものである。いろいろな問題点が指摘されているが、それは過渡期の手段につきものの苦言提言であり、いずれは形を変えてでも市民権を得ると思われる。もしこのままのインターネットに不都合が多いとしても、データは必ず受け渡せる形でスタイルを変えて生き残れる。したがって、形式は変わっても、情報としてやり取りするデータは、いつも互換性を持たせて進展して行くはずであるし、そうやってきた。時代の変化に神経質になりすぎて、今活用できる便利で重宝なものを見過ごす手はない。インターネットが直接利用できなくても、国内の商用ネットワーク(例えばニフティーサーブ)などを通して、インターネットと情報を共有することができる。いずれは、国内の商用ネットが機能を拡張して、容易にインターネットのようなものと接続し、海外とのマルチメディア情報のやり取りもスムースに行えるようになるはずだし、今も一部で実現している。
 とにかく、まずは通信網の中に〈源氏物語電子資料館〉を作ることから、本構想は始まった。作るといっても、物理的に建物を建設するのではない。仮想現実の資料館を、通信網の中に電子的に開設するのである。通信網で繋がったコンピュータが形成する空間に、電子データを取りそろえた資料館があるのだ。そこには、『源氏物語』に関連するいくつかの部屋を作り、各部屋はさらに内部を分けてコーナーを設けてある。部屋を作るにあたっては、情報の性格によって次の四つが考えられる(拙稿「源氏物語の情報処理ーパーソナル・データベースの視点からー」『源氏物語講座9 近代の享受と海外との交流』平成4年1月、勉誠社)。
  ・ 1次資料室(本文資料)
  ・ 2次資料室(受容資料)
  ・ 関連資料室(周辺資料)
  ・ 談話会議室(情報資料)
これと、先にあげた〈平安朝マルチメディア・データベース〉との関係は、次のようになる。
  1本文          ・1次資料室(本文資料)
  6人物図像        ・2次資料室(受容資料)
  2地図          ・関連資料室(周辺資料)
  3日本文学史地図     ・関連資料室(周辺資料)
  4建築物         ・関連資料室(周辺資料)
  5風景          ・関連資料室(周辺資料)
  7用具調度品       ・関連資料室(周辺資料)
  8年中行事        ・関連資料室(周辺資料)
  9動作行動        ・関連資料室(周辺資料)
  10その他        ・談話会議室(情報資料)
ここにはあげていないが、注釈・現代語訳・外国語訳・研究論文・随想なども、それぞれの部屋に入れる必要がある。これらの項目をもとにして部屋割りと各コーナーを設置すれば、パーソナル・データベース作成のための情報収集資料室が必要とする要素は、おおむねカバーできそうである。〈源氏物語電子資料館〉では、以下の区分を設定した。
  第1室〈本文資料〉--全本文・加工本文・注釈・翻訳(現代語訳・外国語訳)
  第2室〈受容資料〉--文献・論文・随想・画像・映像・音声
  第3室〈周辺資料〉--文献・画像・映像・音声
  第4室〈平安朝マルチメディア・データベース〉
  第5室〈情報交換〉--壁新聞・意見交換
 上の各部屋のうち、閲覧利用者が自由にデータを書き込めるのは、第5室の〈情報交換〉のみである。ここは、ネットワークに参加する人々によって行われた自由討論や世間話などの情報交換を、一般の人も傍聴・閲覧し、自由に参加できるように公開する広場である。
 第1室から第4室までは、原則として閲覧のみである。いわば、立ち聞きスタイルによる情報の閲覧をする場所である。ここでメモしたものやコピーを、各自が自分のパーソナル・データベースに取り込んでいく。このような区別を設けたのは、提供データを自由に変更することができると、資料の信頼性と同一性の保持が困難になるからである。
 図1(カラー図版省略)は、〈源氏物語電子資料館〉のオープニングの画面である。各部屋への移動は、図像化したアイコンか部屋名をマウスでクリックする(押す)ことによって、次の画面へと場面が展開する仕組みになっている。
 まず、「情報更新の詳細な履歴を見たい方は、このボタンを押してください。」という所の若者の顔かその文字列をクリックすると、〈源氏物語電子資料館〉におけるこれまでの情報の更新内容が一覧できる。これは、自分が過去にすでに見たときから、どのような情報が更新されているかを知ることができるものである。第1画面以降を閲覧する必要があるかどうかを、この項目で確認することによって、同じ情報を見せられることを避けようとするものである。
 次に、第1室の「本文資料関係の部屋(本文・注釈・翻訳)」をクリックすると、図2(カラー図版省略)が表示される。
 順次、各閲覧室の資料・情報の内容を検討しよう。

    4 第1室〈本文資料〉全本文・加工本文

 現在『源氏物語』は、いわゆる青表紙本系統の本文で研究および鑑賞がなされている。河内本は明らかな校合本文であり、別本と呼ばれている一群の本は、その位置づけがまだ明確ではない。したがって、藤原定家の校訂を信頼し、いわゆる青表紙本を物語本文として高く評価し、それを基礎テキストとして利用しているのである。中でも、大島本と呼ばれるものが、流布本本文の地位を不動のものにしている。
 コンピュータのオンライン上から利用できる『源氏物語』の本文も、いくつかある。
 1-東京大学大型計算機センターとオックスフォード大学コンピュータ・サービスで公開されている〈日英対照「源氏物語」テキスト・データベース〉は、長瀬真理氏が編纂された『源氏物語』全文テキストである。これは、大島本を基礎とした『日本古典文学全集 源氏物語』(小学館)の本文が電子化されたものである。
 2-商用パソコン通信〈ニフティサーブ〉の文学フォーラム〈FBUNGAKU〉の電子談話室に「源氏物語を味わう」というコーナーがある。その中で、輪読をする上で共通に利用できるようにとの計らいで、『源氏物語』の全文がパソコンやワープロで読み書きできるようなテキスト形式にしたものが提供されている。その本文の素性については、まだ確認できていないので、ここでは詳述を控える。大島本をもとにした青表紙本の校訂本文である。
 諸権利の関係をクリアーすれば、こうした電子化された本文は有益な財産である。しかし、『源氏物語』の受容が大島本のみでなされている現状について、私は異論をもっている。大島本の素性は、よくわからない点が多い。今後は、大島本一辺倒の受容ではなくて、いろいろな本文に目を向けていく必要性を痛感している。したがって、〈源氏物語電子資料館〉で公開する物語本文の一つは、別本とされるものにした。
 河内本とともに放置されている別本とされる本文群は、注目すべき異文を有するものである。現在のところは、まだまだその異文が解明されていないが、別本とされる本文固有の論理などが見えてくると、『源氏物語』の受容史の上でさまざまな読み方がなされた歴史がわかってこよう。別本本文は、現在刊行中の『源氏物語別本集成』(平成元年〜、おうふう)が、そこで使用した本文のすべてをデータベース化しているので、適当な時期に各種別本本文を電子テキストとして利用できるようになるはずである。さしあたっては、私に校訂した別本本文を、暫定版として公開している。
 〈源氏物語電子資料館〉で利用できる『源氏物語』本文については、全文テキストという単なるテキストベースでの本文提供だけではない。利用上の便を考慮して付加情報を持たせた本文も、公開している。その実例を、「若紫」をもとにしてあげよう。「若紫」に出てくる語句に〈日本古典文学総合事典データベース〉の〈NSJDB番号〉をあてて、テキストデータを加工したものである(伊井春樹「古典文学総合事典データベース構築の試み」『人文科学データベース研究 創刊号』昭和63年6月、大谷晋也「マルチメディア『日本古典文学総合事典』」『パソコン国語国文学』平成7年1月)。
 「若紫」の冒頭部分を引いておく。ここにあげる加工テキストデータはカンマで区切られており、〈物語本文〉+〈『源氏物語別本集成』文節番号〉+〈自立語の基本形〉+〈NSJDB 番号〉+〈仮名漢字表記(細分類)〉の順番で列記したものとなっている。
  わらはやみに,050001,わらはやみ,1552090200,瘧病
  わつらひ,050002,わづらひ,1551903460,煩ひ(病気)
  給て,050003,たまふ,1711730500,給ふ(敬語)
  よろつに,050004,よろづに,1712378880,万に(副詞)
  ましなひ,050005,まじなひ,1631160220,呪(祈祷)
  かちなと,050006,かぢ,1611011050,加持
  まいらせ,050007,まゐる,2026093920,参る
  給へと,050008,たまふ,1711730500,給ふ(敬語)
  しるし,050009,しるし,1630723000,験(霊験)
  なくて,050010,なし,0131240300,無し(存在)
 〈『源氏物語別本集成』文節番号〉が『源氏物語別本集成』の索引編と関わってくる。そして〈NSJDB 番号〉が、〈平安朝マルチメディア・データベース〉とリンクする接点となる。全文テキストデータと、この加工本文という2種類の本文データが、『源氏物語』を多元的に読む上での有効な基礎本文となるのである。
 なお、〈日英対照「源氏物語」テキスト・データベース〉をさらに発展させた〈「源氏物語」ハイパーテキスト〉が開発されている(『「源氏物語」ハイパーテキストの作成と教育利用の為の基礎的研究』長瀬真理、平成7年3月)。拙案とは基本構想の時点からその視点が異なるものではあるが、目指すところは共通する部分も多く、その成果が期待される。本稿では、従来より取り組んでいるパーソナルなデータベースの構築という観点から、〈源氏物語電子資料館〉の構想をまとめている。

    5 第1室〈本文資料〉注釈

 『源氏物語』を読み進んでいくと、必ず注釈書の助けを借りることになる。古人の読みは、現代の我々に大きな手がかりを与えてくれる。現代の注釈も、次世代の人々に有益な読み方の手がかりを残していることにもなる。注釈は少しでも多く次代に伝える必要がある。『源氏物語大成』を編纂した池田亀鑑氏も、最初は古注釈書を集成することから出発している。古注釈書に引かれた本文が違っていることから、本文の校異へと仕事の順番が移っていったのである。
 現在、注釈を一元的に集成したものはない。注釈書をシリーズとして揃えた〈源氏物語古注集成〉(おうふう)があるが、一つの本文箇所に関する注釈を知ろうとすると、一冊ずつ取り出して頁を繰らなければならない。これこそ電子化するに限る。といっても、その完成には膨大な時間がかかるし、今後も継続して受け継がれていくものである。〈源氏物語電子資料館〉は電子媒体として保存されるものなので、追加修正が容易である。利用者が少しずつ自分の環境から作り上げたデータを順次提供していくことになれば、時間はかかるが、利用されることの多い巻から注釈資料は蓄積されていくことであろう。
 その際、データのスタイルはできるだけ統一しておきたい。たたき台として、私案を提示しておく。
 まず、項目としては次の5つが考えられる。
  〈語句〉〈『源氏物語別本集成』文節番号〉〈出典〉〈掲載箇所・頁〉〈注釈本文〉
  〈メモ〉
 〈語句〉の項には、物語本文をあげる。共通利用しやすいためにも、流布本の本文の関係該当文節をあげることになる。
 〈『源氏物語別本集成』文節番号〉は、あくまでも暫定的な処置として用いるものである。物語中の語句を特定できる物差しを、早急に作る必要性を感じている。例えば、『源氏物語大成』の頁数と行数を活用しても、同一行に同一の語句がある場合に、そのいずれであるかを識別できないのである。その点は、『源氏物語別本集成』では底本を文節ごとに区切り、それに通し番号を付しているので、自立語に関しては有効である。ただし、その底本が別本とされているものであり、対校本文として使用した大島本は異本扱いとなっているために、底本の通し番号がそのまま活用できない。底本1文節に対して、複数の文節を持つ異文である可能性もあるからである。統一して『源氏物語』の語句を特定できる物差しは、現在検討中である。すでに『源氏物語別本集成』の通し番号があるので、それを基礎としたいわゆる青表紙本の読み換えを考えている。いずれにしても、当面は『源氏物語別本集成』の文節番号で対処していく方針である。
 〈出典〉〈掲載箇所・頁〉には、活字化された刊行物を中心とすることはもちろんだが、影印複製刊行物や、調査原本の丁数(第何葉、表裏)などを明記する。
 一例として、『湖月抄』(講談社学術文庫版、昭和57年5月)の注釈をあげてみる。
  ・わらはやみ,050001,湖月抄,237,(細)俗にいふおこりなり。(河)瘧病 店(外字病ダ
   レで)。,講談社
   学術文庫
  ・よろづにまじなひかぢなど,050004〜6,湖月抄,237,呪(孟)まじなひは厭術也。さまざ
   まの事あり。加持は真言教陀羅尼の事なり。(細)[花鳥]杜子美が詩に手提髑髏血と云
   句を誦してもおこりはおつると云云。是杜子美花郷歌云子璋髑髏血模糊手提擲還崔大夫
   といふ句也,講談社学術文庫
 これに、順次『源氏釈』『奥入』『紫明抄』『河海抄』をはじめとする旧注や、新注といわれる注を加えていけばよい。これは今後とも増補を重ねていく項目となる。
 現在、渋谷栄一氏の全注釈が完成している。渋谷氏の理解が得られているので、まずはこの未刊の渋谷注を〈源氏物語電子資料館〉で公開するための準備を進めている。インターネット上に流すためには、基礎テキストにさまざまな付加情報や各種記号を埋め込まなければならない。タグ付けといわれる作業は私が担当し、加工を終えたものから登録していくことになる。
 なお、〈『源氏物語別本集成』文節番号〉から本文に戻るのは容易であり、〈平安朝マルチメディア・データベース〉から各種のデータへ移ることにより、注記の確認も迅速に行えるようになる。

    6 第1室〈本文資料〉翻訳(現代語訳・外国語訳)

 現代語訳は、さまざまな形で流布している。大きく分けると、研究者の手になるものと、作家のものの二つがある。これは、利用者の用途によって変わるものである。したがって、少しでも多くの訳文を収集しておきたい。
 現在確認できる現代語訳の一例としては、次のようなものがある。
 まず、研究者の手になる訳を、いくつかあげよう。
  ・『源氏物語評釈 1〜10』 玉上琢弥 角川書店 昭和39年10月〜昭和43年7月
  ・『源氏物語 現代語訳1〜10』 今泉忠義 桜楓社 昭和49年10月〜50年10月
  ・『日本古典文学全集 源氏物語(1〜6)』 阿部秋生・秋山虔・今井源衛 小学館
   昭和45年11月〜51年2月、『完訳日本の古典 源氏物語1〜10』(昭和58年1月〜
   63年10月)、新編版刊行中(平成6年3月〜平成10年12月予定)
 こうしたものは、著作権などの関係で、その全文を通信上での共有データとして公開することはできない。そこで私は、『源氏物語』の全訳を終え、まだ刊行されていない渋谷栄一氏のものを提示データとしたい。渋谷訳は、現在は第3稿に進んでいる。今回、渋谷氏の理解と協力を得て、その全訳を〈源氏物語電子資料館〉で順次公開する現代語訳とした。
 現代語訳「若紫」の目次部分を表示した画面を、図3(白黒図版省略)に示す。
 作家のものとしては、次のものがよく知られている。
  ・『源氏物語(全)』 谷崎潤一郎 中央公論社 昭和62年1月 各版あり
  ・『源氏物語 1〜5』 円地文子 新潮社 昭和47年9月〜昭和48年6月
  ・『窯変 源氏物語1〜14』 橋本治 中央公論社 平成3年5月〜平成5年1月
 作家のものには、全訳ではないものも含まれているが、利用者の好みを考慮すると、少しでも多く採録したいものである。もちろん訳文全文は、これも諸権利の問題で当面は提示できない。
 外国語の翻訳では、やはりサイデンステッカー氏の英語訳の知名度が高く普及している。また、英文論文も数多く執筆されている。英語圏での『源氏物語』受容に関しては、今後とも情報のやり取りが活発になれば、さまざまな分野からの考察がなされていくことであろう。
 フランス語訳については、『物語構造論 「源氏物語」とそのフランス語訳について』(山中真彦、岩波書店、平成7年2月)が刊行され、新たな分野が活気を帯びてきそうである。この分野のこれからが楽しみとなった。
 イタリア語訳について、個人的な見聞からの報告をしておく。平成7年3月に、大阪明浄女子短期大学の海外研修旅行の同行教員として、イタリアに行く機会があった。滞在したホテルにほど近い、街角の書店でのことである。通りがかりに立ち寄った私は、カウンターの店員に『源氏物語』のイタリア語訳の有無を尋ねた。すぐにコンピュータで検索をした後、案内されたコーナーの棚には、『源氏物語』のイタリア語訳(2冊組)が3セットも並べて置かれていたのである。横幅20数センチメートルものスペースを占有するほどの待遇を受けているのを見て、この町には『源氏物語』の研究グループがあるのかと思った。今後とも、さらにもっといろいろな情報を、この異国の人々に送り続ける必要がある。共に『源氏物語』を読むことを通して、コミュニケーションの意義を説くに留まらない、もっと有意義な文化や文学や人間について語り合えそうな気がする。〈源氏物語電子資料館〉は、その意味でも、根気強く気長に大切に育てていきたいものである。
 その他には、スウェーデン語訳(1927年)・オランダ語訳(1930年)・ドイツ語訳(1966年)・フィンランド語訳(1980年)・中国語訳(1982年)などなど、実に多彩な翻訳がある。
 今後の源氏物語研究が、各種の情報交換によって進展していくことが期待でき、大いに楽しみである。

    7 第2室〈受容資料〉文献・論文・随想

 『源氏物語』に関わる研究者は多い。それにともなって、発表される成果も膨大なものとなっている。個人で現況を把握することは困難である。『源氏物語研究文献目録 源氏物語講座10』(勉誠社、平成5年1月)が昭和38年から平成2年までのものをよく収集しているので、とりあえずはここに掲載されたものを適宜利用すべきであろう。自分の興味の赴くままに、自分なりのパーソナル・データベースを作っているという実感を持つのは、こうした項目を作成し、追加していく時である。
 第2室のこのコーナーでは、〈本文〉〈文学〉〈語学〉〈随想〉〈絵画〉などに関する各種論文を、内容によって振り分けて検索表示する。特に〈本文〉を設けたのは、『源氏物語』の研究では驚くほど遅れている分野だからである。海外では、文献学的な研究方法による成果が多数報告されている。外国人の作家のデータベースなどの充実ぶりはうらやましい限りである。さまざまな版のテキストがデータベース化され、電子テキストとして共有財産となっている。
作品の本文は、文学にとってはもっとも大切なものである。あえて、ここに一コーナーを設けることによって、このテキスト研究が一歩でも進展することを願いたい。
 研究論文などのデータの整理にあたっては、どのようなスタイルで統一したらよいのであろうか。この項目の配列順については、文献目録によりいろいろなスタイルがある。例えば、昭和16年から昭和32年までの国文学関係の研究文献を網羅した『国文学研究文献目録 昭和16年〜昭和37年』(国文学研究資料館、昭和59年3月)は、『源氏物語研究文献目録 源氏物語講座10』が収録する前年までの20年間分を大成したものだが、その形式は、次のようになっている。
  〈部門別通番号〉〈筆者〉〈題目〉〈発行誌名・号数〉〈発行年・月〉〈頁数〉
  ・2031 池田亀鑑 源氏物語「別本」の性格 日本文学/日本文学協会 5巻9号(昭和
   31年9月) 4頁
 これが、『国語国文学研究史大成4 源氏物語下』(三省堂、昭和36年11月、増補版は昭和52年8月)所収の「参考文献年表」では、年度別発表順にして、次のように掲載されている。
  〈題目〉〈筆者〉〈発行誌名・号数〉〈発行年・月〉
  ・源氏物語「別本」の性格 池田亀鑑 『日本文学』(9)
 また、『日本文学に関する17年間の雑誌文献目録(昭23〜昭39)・日本文学一般・古代〜近世』(日外アソシエーツ、昭和57年10月)では、各分類項目を〈昭和23年〜29年〉と〈昭和30年〜39年〉の二つに分けて整理している。例えば、〈諸本・別本・翻訳・擬作〉の項の〈昭和30年〜39年〉のところには、次のように記されている。
  〈筆者〉〈題目〉〈発行誌名・号数〉〈発行年・月〉〈頁数〉
  ・池田亀鑑 源氏物語「別本」の性格 日本文学 5(9)
 さて、〈源氏物語電子資料館〉の研究文献目録のデータの形式である。電子テキストの利点は、増補改訂が自由にできる点である。とすると、〈通番号〉はしばしば変更になるので、これは不要となる。次に、〈題目〉+〈筆者〉か、〈筆者〉+〈題目〉か、という点である。筆者別にしたほうが、印刷形態での閲覧には視認性が高いし、必要な論稿のグループが自然とできていくように思われる。しかし、コンピュータを活用して文献を探す場合には、どの項目でも自由に検索できるので、筆者をデータの先頭に持ってくる必然性はない。とくに、これからの研究は学際的になっていく傾向が顕著である。調査にコンピュータを活用した場合には、専門領域というものが曖昧になりかねない。したがって、一人の人がさまざまなテーマに着手することが可能となるのである。こうしたことを考えると、文献の項目の配列は、〈題目〉+〈筆者〉の形式の方が、内容優先の一覧となって重宝すると思われる。
 〈源氏物語電子資料館〉の文献目録では、『源氏物語研究文献目録 源氏物語講座10』などの形式でもある、
  〈題目〉〈筆者〉〈発行誌名・号数〉〈発行年・月〉〈メモ〉
  ・源氏物語の諸本分類の基準 阿部秋生 国語と国文学 昭和55・4 『源氏物語の本文』
   (岩波書店、昭和61・6)所収
とすることにした。
 〈随想〉については、〈源氏物語電子資料館〉が本領を発揮するところといえよう。コーナーとしては、〈日本語〉と〈外国語〉の二つを開設する。ここには、各種雑誌や新聞に掲載されたものを拾ってくる。コラムなどに『源氏物語』が話題として引かれるものなども、このコーナーの対象となる。これはその取材先が多岐にわたり、それこそ人海戦術による資料収集がなされることになる。そして、そのような時にこそ、通信を利用する意義がでてくる。さまざまな国の、さまざまな分野の人が、さまざまな資料から報告してくれることになる。時間とともに膨大な量になると思われるが、それは項目の数量が多くなるのであって、ファイルの分量はその一つ一つが短いものが多いので、そう問題にはなるまい。
 最新データが順次掲載されているのを見ると、とにかく閲覧が楽しくなるはずである。

    8 第2室〈受容資料〉画像・映像・音声

 『源氏物語』の受容資料の中でもテキストタイプではなく、オーディオ・ビジュアルなものを、この部屋に置く。例えば、画像としては『源氏物語絵巻』などであり、映像としては、『源氏物語』に関連する文学遺跡のビデオなどが、音声としては本文の朗読や雅楽などが考えられる。もっと幅広く見渡すと、画像としての漫画・コミック・アニメがあり、映像としての映画などがあり、実にさまざまな媒体から資料が取り出せる。
 こうした資料は、『源氏物語』を読みながらどのようにして引き出して参照・活用することになるのかという実例を、以下に示そう。例えば、「若紫」を読んでいたとしよう。巻の中程で光源氏を慕う紫の上の可愛らしい様子が、次のように語られている。
  雛遊びにも、絵描いたまふにも、源氏の君と作り出でて、きよらなる衣着せかしづきたま
  ふ。(雛遊びにも、絵をお描きになるにも、これは源氏の君というふうにこしらえて、き
  れいな着物を着せて大事にしていらっしゃる。)『新編日本古典文学全集 源氏物語1』
  小学館、224頁
 ここの「雛遊び」に関する全集本の頭注は、
  人形遊び。人形に調度を配したり供え物をしたりして遊ぶ。
となっている。『湖月抄』には「紫の上のさま也」(講談社学術文庫版、268頁)という傍注があるだけである。諸注いずれも説明を欠いている。このような時に、雛遊びの画像がないかを調べてみるとしよう。前節で示した〈加工テキストデータ〉が役立つことになる。まず、「ひひな」か「雛」で〈加工テキストデータ〉を調べると、次の情報が得られる。
  ひいな,052386,ひひなあそび,2712152550,雛遊び(雛人形)
「052386」は〈『源氏物語別本集成』文節番号〉であり、「2712152550」が〈日本古典文学総合事典データベース 番号(NSJDB)〉である。次に、「2712152550」というNSJDB番号の情報を持つ画像データを検索して表示させると、図4(白黒図版省略)の絵がディスプレイに表示される。
 これは、『土佐光起筆源氏物語画帖』(江戸時代初期、個人蔵)の一部である。「源氏絵帖別場面一覧」(田口栄一、『豪華[源氏絵]の世界 源氏物語』学習研究社、昭和63年6月)によると、「若紫」を絵画化したものと確認できる源氏絵は8パターンある。その内、「源氏、二条院に引き取った紫の君とともに手習いや雛遊びをして過ごす。」とされる場面のものは、この光起筆の他には類例を見ないので、貴重な図様といえるものである。
 物語本文から画像資料の表示へと展開した仕組みを説明しておく。ポイントは、画像ファイルに持たせたキーワードとしての〈 NSJDB 番号〉である。各画像には、検索時のキーとなる〈 NSJDB 番号〉を、付加情報として与えている。一つの画像に対して、10個までを目安としている。もちろん、10個以上でもかまわない。先に、「若紫」の〈加工テキストデータ〉をもとにして検索を実行したとき、「雛遊び」に関する情報としての〈NSJDB番号〉が、ここで重要な働きをしたわけである。なお、事前に作成した画像ファイル(図4)のファイル名は、次のようになっている。
  0026P049GEN05PD
〈NSJDB番号〉をキーワードとして付してもよいが、それではこの画像が一つの用途にしか活用されない。別に付加情報を多数持たせた方が、多彩な用途に対応できるものとなる。画像ファイル名の付け方とそのルールは次のようにしている。
  出処出典(4桁)図録掲載位置(5桁)作品事項名(5桁)取込範囲(3桁)[付加情報(13
  桁)](計30桁)
  0026      P049        GEN05      PD
〈出処出典〉は『豪華[源氏絵]の世界 源氏物語』を示す目録番号となっている。これは、別途作成している画像目録データベースで管理しているものであり、いわゆる私のパーソナル・データベースによっている。〈図録掲載位置〉の〈P〉は頁数を示し、これが図版番号の場合には〈N〉を用いる。〈作品事項名〉の〈GEN〉は『源氏物語』のことを、〈05〉は第5巻「若紫」である。〈取込範囲〉の〈PD〉は、〈P〉が原画像の一部分を切り出したものを示す。全体図に対しては〈F〉を用いる。また、〈D〉は、原画全体の〈上下左右中〉のどの部分を切り出したのかを〈U/D/L/R/C〉で示したものである。最後の備考桁にゆとりがあるので、ファイル名を付ける自由度は高くなっている。
 画像の大きさについては、「横800×縦600ドット」を基本サイズとして資料収集作成を行っている。これは、17インチの大きさのディスプレイで表示することを念頭に設定しているものである。
 このように、物語本文を読み進む中で、知りたいと思ったときに即座に雛遊びの絵が確認できたことは、これまでの読書体験とは違うイメージで読み進められることを実感させてくれる。もちろん、表示された絵は江戸時代に描かれたものであり、平安時代の文学作品を読むときにどれほどの援助をしてくれるものかは不明である。しかし、知的な想像過程を刺激してくれることは確かである。曖昧なままで、自分の独断と偏見で読んでいた物語が、幅広い情報によって実感を伴う読書・研究へと導いてくれる面もあるように思われる。
 画像が表示された仕組みを、さらに詳しく解説しておこう。「若紫」では、次にあげる115例の本文箇所の語句が、画像・映像資料と連係プレイをするようになっている。「若紫」におけるデータの項目別の画像映像項目を50音順に一覧表にしてあげておく。
  閼伽・明石浦・明け行く・安積山・朝霧・東(琴)・扇・阿弥陀仏・池(邸内)・いぬき
  (人名)・歌ふ(声楽)・優曇華の花・馬・行なひ人・海龍王・格子・篝火・かき抱く・
  かきつくろふ・掻き鳴す(演奏)・帷子(几帳)・加持・門・土器・粥・烏・上達部(貴
  族)・北山・牛車・衣・京→鞍馬から京の眺望・行幸・琴の琴・百済・暗部山・梳る・脇
  息(道具)・源氏の中将・小柴(塀)・木立(庭園)・惟光の朝臣・金剛子の数珠・笙・
  桜・囀る(鳥)・然るべき(連語)→梵字一字を書いた護符・鹿・咳く・すが掻く(演奏)・
  朱雀院(建造物)・数珠・雀の子・簾・砂子・墨つき・前栽(草木)・懺法(修法)・僧
  坊・削ぐ・滝(自然)・玉藻←玉裳・陀羅尼(呪文)・ついゐる(運動)・葛折・九折(道)・
  妻戸(戸)・手水(生活)・手習・殿上人(貴族)・灯篭・読経・独鈷・なにがし寺・某
  嶽→浅間山・難波津←浪速津・直衣・二条院(虚構邸宅)・鈍色(色彩)・縫ふ(裁縫)・
  覗く・放ち書き・廂・常陸(風俗歌)・篳篥・単衣(服飾)・雛遊び(雛人形)・屏風・
  屏風・ふくらかなり(物質)・富士山・伏篭・筆・仏(仏像)→持仏・法師まさりす・
  本(手本)・籬・舞人・御几帳・御簾・御帳・深山桜・海松布・海松布・山桜・山吹・遣
  水・湯殿(建物)・横笛・蓬生・夜御座(夜御殿)・六条京極わたり・和歌浦・童女(雑
  仕)・膝行り出づ・絵
 各行末の項目名を見ると、実に多彩な視聴覚資料が用意されていることが分かる。
 先に「雛遊び」に関する画像ファイルが呼び出されたようにして画像・映像データが瞬時に取り出せれば、千年前の物語であっても、親近感をもって感情移入をしながら読める部分も多くなることであろう。
 本コーナーには、画廊も設けてある。新進気鋭の植村佳菜子氏に、現代の若者の視点から源氏絵にチャレンジしてもらっている(図5、カラー図版省略)。それを、完成作品から順次掲載していくのである。軽快な表示となるように、原画に減色処理を施している。微妙な色使いの再現は、今後の課題としたい。また、絵画にバックグランドミュージックを添える準備もしている。若手の芸術家の『源氏物語』受容の一例として、こうしたものも大切に伝えていきたいものである。
 なお、『源氏物語』に関連する絵画資料の電子ファイル化については、拙稿「源氏絵と物語本文のデータベース化ー展望と課題ー」(『王朝文学史稿 第21号 小林茂美博士古稀記念号』平成8年3月)を参照願いたい。
 

    9 第3室・第4室

 第3室の〈周辺資料〉文献・画像・映像・音声については、前節で述べた第2室の〈受容資料〉の扱いをさらに幅広い視点で取り扱うことによって達成されるものである。したがって、ここに繰り返し説明することは避けたい。ただし、データが膨大なものになることは、当然予想される。例えば、藤原定家の筆跡画像のデータベースは、このコーナーで公開する予定のものである。渋谷栄一氏・中村一夫氏と共に進めているこのデータベースは、本年度は『土左日記』と『更級日記』の全文字の画像データベースを構築している。2万字以上の画像データのすべては無理なので、各字母をレベル分けしたものの内から、代表的な文字の一覧を提示することになる。
 第3室は、第4室の〈平安朝マルチメディア・データベース〉と補完関係を持つものとなる。当面は、雑多な情報の集積場所の観を呈している。しかし、時間と共に各データの接続先が明確になり、有機的な結合を見せるようになる。
 第4室〈平安朝マルチメディア・データベース〉も、ここでは詳述は控えておこう。これは、近い将来〈平安朝マルチメディア・データベース〉が一般に公開できるようになった時点で、作品を読みながらさまざまなことがオンラインで調べられる窓口の役目を果たす部屋である。
 さらには、この部屋からもっとダイナミックな利用が可能になる。それは、伊井春樹氏が提唱されている〈日本古典文学総合事典データベース〉に接続できるように、これらのシステムの統合を考えているからである。いずれにしても、この第3・4室は、将来のための大切な拡張端子の要素が大きいものである。したがって、まずは、第1・2室の構築・整備を当面は専念して作成・育成していきたいと思っている 

    10 第5室〈情報交換〉

 この部屋は、コンピュータを利用する者が自由に情報を書き込んだり、話し合いや議論をする場所として提供するものである。
 このような会議室には、その部屋を取り仕切る人が必要となる。しかし、当面は自由な書き込みを中心とする情報交換の場としておき、この〈源氏物語電子資料館〉を運営する者が、適宜必要な情報を第1室から第4室の各コーナーへ転載していく方法をとることにしている。日本語以外に英語の読み書き能力が要求される場合も多々あろうかと思われる。さらには、情報を振り分け、話をまとめるなどの手腕も要求されよう。こうした問題は、その時々に解決していく方針で運営している。
 コーナーとしては、〈壁新聞〉〈文学会議〉〈語学会議〉〈研究発表〉の4つがある。
 〈壁新聞〉のコーナーは、図6(カラー図版省略)のようになっている。壁新聞に対する各種情報の書き込みは、インターネット経由で拙宅に届くように設定してある。〈文学会議〉と〈語学会議〉のコーナーは、専門的な話やさまざまな質疑応答が行われる場所である。
 〈研究発表〉のコーナーは、今後はおもしろい利用形態が予想される場所である。近い将来は、文科系の人々の中にも、研究論文をオンラインで発表する人が現れるに違いない。迅速な情報の伝達を重視する理科系の業績発表と異なり、文科系の場合は公表されるまでの時間的な遅れについてはあまり問題となっていなかった。原稿を渡してから活字となって出版されるまでに、1年もかかることは間々ある話である。脱稿後に新たな知見を得ることも、しばしばである。刊行までの時間の経過の中で、内容の手直しという作業は、非常に無駄な労力であることが多いように思う。これが、オンラインの発表であったなら、特定の雑誌に掲載された場合と異なり、コンピュータ通信で接続している多数の人に読んでもらえる可能性が広がってくる。また、内容の更新も容易に行えるために、どこを改訂増補したかを明示すれば、論稿の完成度も格段に向上することであろう。
 印刷物としての活字研究論文は、そのような手段を持たない人々が利用するか、あるいは論稿の確認などに利用されることになろう。従来も、抜き刷りという形で印刷論文を渡していたのだから、その慣習が通信での欠点を補うはずである。本稿も、活字媒体で公刊されて後、この全文を〈源氏物語電子資料館〉の〈研究発表〉のコーナーに掲載する予定である。
 また、論稿を読んでの意見や感想は、これまでは筆者宛に直接送付されていたが、これが電子会議室に公表されることによって、より有益な批評を複数の人から得ることができるようになるはずである。個人対個人で終了するコミュニケーションも、もちろん今後とも有効である。しかし、その個人対個人の間で埋もれていた貴重な意見のやり取りを共有することによって、お互いが考え方を進展させることも多々生ずることであろう。

    おわりに

 〈源氏物語電子資料館〉は、インターネットのホームページの一つとして、個人的にスタートしたものである。問題点がいろいろとあることを承知で、とにかく出発した。それは、このような活動は継続することによって育つものであり、利用されることによって質的向上が計れると思うからである。
 取り扱うデータについては、最初に明記したように著作権・所有権・編集権・肖像権などなど、今すぐには対処・決断できない問題が絡んでいる。これらは、今のところは他の通信機関などの対応策を静観するしかない。とりあえずは、ネットワーク上のデータを利用する者は、該当データに付帯する権利保持者への配慮を心がけることである。また、これはデータを提供する者にも言えることである。苦し紛れの方策としては、詳細な中身を持った情報ではなくて、所在や存在を示す情報を提示するところから始める。例えば、1枚の絵があれば、その絵そのものの画像データを示すのではなくて、その絵を見ることができる施設や掲載図録および図書の紹介をすることである。学術的な引用としての、作品の一部の提示は、それが営利に結びつかないことが前提であれば、さしあたりは可能なところだと思われる。研究論文についても、論文の全文の公開ではなくて、どこにどのような内容の論稿が発表されている、という情報の提示でも十分である。これらは、あくまでも暫定的な妥協である。絵画や音声や文章全文が取り扱えるようになったときに、〈源氏物語電子博物館〉と呼べるものになるのである。
 なお、情報提供者の氏名は、必ず掲示データの末尾に付することは、こうしたデータベース構築においては、守らなければならないことであることは、もちろんである。
 希望的観測ばかりでは、ものごとは先へは進まない。まずは、筆者のホームページ〈源氏物語電子資料館〉を、何かの機会に覗いてみてほしい。〈源氏物語電子博物館〉設立までは、この〈源氏物語電子資料館〉が源氏物語研究の情報交換の場所として有効に機能することを願っている。そして、さまざまな立場からのご教示をいただきたいと切望している。
                             (平成7年10月25日脱稿)

〈付記〉
 脱稿後、準備中だったコーナーの多くが順調にオープンできている。ただし、第4室〈平安朝マルチメディア・データベース〉は今しばらくの時間を要することを、ご理解願いたい。
 なお、平成7年12月17日より、奈良インターネット〈まほろば〉を主たる情報発信局とした。
 〈源氏物語電子資料館〉のホームページのURLは、以下のとおりである。
   http://www.mahoroba.or.jp/~genjiito/
 電子メールは、以下のアドレスにお願いしたい。
   〈まほろば〉 genjiito@mahoroba.or.jp
   〈ニフティサーブ〉 MHA03645


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